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「漂流怪人」きだみのる のこと

 『図書』『波』『本』『本の窓』『青春と読書』『ちくま』。すべて出版社のPR誌(書評誌)だ。毎月、発行と同時に本屋から届けられる。内容は出版社によって様々だが、連載も含めてそれぞれ短く、肩のこらない読み物が多い。
 だからといって、けっして軽いものばかりではない。難解な小論文もあれば、深く考えさせられる評論やエッセイもある。それでも長文でないから、ちょっとした時間の合間にも読み切れてしまう。その手軽さがうれしい。風呂やトイレで読むのもいいし、寝る前、布団に横になって読むのもいい。
 そんな冊子だが、毎回楽しみにしている読み物がある。そのいくつかをあげると、金時鐘の回想記や斉藤美奈子の書評(「図書」)、菅原文太の対談「外野の直言、在野の直感」(『本の窓』)、嵐山光三郎の「芭蕉という修羅」(『波』)、二宮清純の「新日本野球紀行」(『本』)など。なかでも、嵐山光三郎の「漂流怪人・きだみのる」(『本の窓』)が面白い。嵐山の軽妙な語り口のせいもあるが、なんといってもきだみのるの破天荒ぶりが愉快だ。

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 嵐山はこのエッセイで、きだみのるを「漂流怪人」と呼ぶ。それは決して誇大ではない。住居を定めず、ブルーバードSSSを乗りまわし、全国各地を放浪して、行く先々で迷惑をかけながらそれを屁とも思わない。しかも、大男で大食漢。こういう男を怪人といわずして、誰を怪人というのか。そう思いたくなるような人物だ。
 嵐山はエッセイの冒頭で、きだみのるについて次のように書く。
  〈きだみのるはファーブル『昆虫記』の訳者で、戦後『モロッコ紀行』を書いたブライ派の社会学者である。「世界」に連載した『気違い部落周遊紀行』はベストセラーになり、渋谷実監督、淡島千景主演(松竹)で映画にもなった。嵐山は二十八歳のとき、きだ(七十五歳)と謎の少女ミミくん(七歳)と一緒に取材で各地をまわった。きだ怪人のハテンコウな行状にかくされた謎はなにか。〉
 この連載の二十回、きだは岩手県大船渡市末崎町梅神にいる。きだはここで釣り三昧をしようと計画するが、一つだけ気がかりなことがある。ミミくんの就学のことだ。
 ミミくんは、きだとある人妻のあいだに生まれた子どもだ。きだが引き取って育ててきたが、彼の放浪のせいでいまだに学校に行っていない。彼女はきだの子どもらしく頭の回転は抜群だが、なにしろ学校に行ってないから学力は劣る。
 そこできだは、末崎町に来たのを幸いに、ミミくんを末崎小学校に入れようとする。が、住所不定で住民票もなく、断られる。それでも、いろいろと世話を焼いてくれる人がいて、同県衣川の大森分校を紹介される。ここには教育熱心な佐々木久夫先生夫妻がいて、……と話はつづく。
 ここまで来ると、次の話が見えてくる。というのも、佐々木久夫先生はあの『子育てごっこ』の三好京三だからだ。その話はたぶん、次回になるだろう。
 ところで、大船渡市末崎町にはわたしの友人がいる。きだが末崎町で暮らすことになったのは1973(昭和48)年のことで、そのころだと、たしか友人は大船渡市の西の山裾の借家に住んでいたはず。だから、もしかするとどこかで会っているかもしれない。
 友人は、その後末崎町の神坂というところに家を建てた。きだの新居は末崎町梅神にある東北汽船社長の別邸、細川御殿だった。どっちも同じ末崎町だ。が、友人のいる神坂と梅神がどれぐらいの距離にあるのか、わからない。御殿だってもうないだろう。ともかく、今度友人に会ったら、その辺のことを聞いてみたいと思っている。
 きだは末崎町に移った年の暮れ、嵐山が勤める平凡社から『ニッポン気違い列島』を出している。発行部数は一万冊だった。彼はそうやってときどき本を出し、その印税で放浪して歩いた。金は結構あったようで、それで豪遊したらしい。そうでなくても名の通った人だから、各地でたいそう歓待された。でも、自尊心が高く、わがままも人並みでなかったから、しばらくいるとたいがいあきれられて、邪魔者扱いされる。
 ところがそのころになると、塩梅よく、彼のほうもまた放浪したくなる。で、またどこかへ行くことになる。そんなふうにして、ブルーバードSSSで走りまわるというわけだ。
 以前「のっつぉこぎ考」に書いたが、きだの放浪はその定義からするとかなり外れている。だからというわけでないが、まねをするつもりもない。いや、まねようと思っても、先立つものが乏しい。それに、彼の物の考え方も、わたしとはずいぶんかけ離れている。
 それでも、彼の放浪は「ハテンコウ」で面白い。いまは、そんな人もいなくなった。遠慮のない、厚かましい人はたくさんいるが、知性と野蛮の両方を持ち合わせたきだのような怪人は、なかなかお目にかかれない。それが少し寂しい気がする。