秋の気配に、肘折温泉を訪ねる

 計画していた地元の文学サークルの合宿がとりやめになった。会合はともかく、久しぶりの飲み会になると楽しみにしていたのだったが、肩すかしを食らった。ビールを差し出されて、受けるつもりが不意に引っ込められたみたいな、なんとも間が抜けた気持ちだった。
 そんな気分でいたところ、おりよく誘いのメールがあった。一、二ヵ月に一回、「例会」と称して顔を合わせている、親しい友人からだった。互いにフラストレーションがたまると、どちらからともなく連絡をとりあって、会っている。とはいえ、住まいがかなり離れているので、日帰りでというわけにはいかない。そこで、たいがいは温泉地での一泊となる。
 さて、今回の例会はどこにするか。電話なら一度で済むものを何度かメールをやりとりして、最後は山形県肘折温泉に落ち着いた。これまでに何度も行っているところだが、朝晩涼しくなり、なんとなく秋の気配を感じるようになって、急にまた訪ねてみたくなった。その程度の理由だった。
 肘折温泉は月山の北東の麓、銅山川に沿って開けた温泉地で、元は湯治場だった。もちろん、いまも湯治向けの宿が多い。開湯は古く1200年も前だそうで、それをうかがわせるような年季の入った旅館が、狭い道の両側に軒を連ねている。
 そのたたずまいがいい。日常と非日常が混じり合った湯治場の情調が、湯のにおいがしみこんだ古い家並みに溶け込んで、なぜかしら懐かしさを誘う。そこに立つと、見ず知らずの人にさえ、どこかであったような親しみを覚える。訪れるたび、いつもそんな気持ちにさせられる。

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       夜明け時の銅山川 右手が肘折の温泉街

 肘折温泉では、早朝、市が立つ。近隣の農家の人たちが来て旅館の軒下に店を出し、取り立ての野菜や自家製の漬け物などを並べる。目当ては湯治客。それだけ、ここは湯治客が多い。

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           肘折温泉の名物、朝市の光景

 そのやりとりを見ていて、ふと気持ちが安らぐ。農民と湯治客の、飾らない振る舞いが心にしみてくる。それを、美しいと感じる。
 そういう温泉地は、本当に少なくなった。

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       1937年(昭和12年)築の旧肘折郵便局

 友人と話したのは主に文学のことだった。ともに小説家の端くれで、話題はどうしてもそこに行く。それがまた、互いの励みにもなる。
 今回も、もちろんそうだった。でも、それ以上に、この温泉地での一日がいちばんの栄養になった。何日かして、そんな気がしてきた。

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       源泉がわき出ている「源泉ドーム」

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     銅山川で見つけた釣り人 目の前で一匹釣り上げた