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「追悼 成井恒雄展」益子で開催

 ことし最後になる「成井恒雄展」が、この12日から地元益子町のギャラリー緑陶里で開かれている。期間は12月1日まで。
 個展は恒雄さんが亡くなってからすでに3回開かれていて、今回が4回目。その案内状に、長男の亙さんが「あいさつ」を載せている。

「無理を通さず出来たなり」
自然と親しむことに限りない楽しさを求め
土を練り、蹴ロクロに向かい、登り窯を焚く。
父の仕事はおよそ60年変わることなく
その繰り返し。
無理に形にはせず、あくまでも自然に出来たなりで…
父は本当に楽しんで自由に作陶していたと
思っています。
この度、改めて展示する機会を頂きました。
ご高覧頂ければ、嬉しく思います。
                    成井 亙

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 成井恒雄さんの作陶の姿勢については前にも書いたが、つねに自然体で、自由だった。子沢山で、子どもたちのために稼がなければならないときでもその姿勢は変わらず、基本的に無欲だった。その分、経済的には恵まれなかった。
 欲を持つと、欲に縛られて自由でいられなくなる。そればかりか、作られた器にもどこかさもしさが宿る。「無理を通さず出来たなり」とは、あくまでも自由にして無欲な恒雄さんの生き方を言い当てた言葉にほかならない。
 恒雄さんは権威を嫌った。また、バイヤーにはもちろん、愛好者にも決しておもねらなかった。おそらくは円道寺窯から受け継いだ気質なのだろう。そういう人だったから、見た目の「美しさ」を求める今日の焼き物の流れに乗ることはなく、したがって、もてはやされることもなかった。それでも、彼の作品を支持する人たちは少なからずいて、死後、惜しむ声の高まりとともに、再評価の動きも強まった。
 生前はあえて個展を遠ざけていた。なのに、それが死後矢継ぎ早に開かれている。そのことに、故人はあの世で苦笑いしているかもしれない。が、これも、彼の作品にたいする根強い支持の結果なのだから、故人には我慢してもらうしかない。