野里征彦著、震災小説集『渚でスローワルツを』が刊行

 岩手県に在住しながら旺盛な創作活動をしている野里征彦の新しい作品集が、このほど本の泉社から出版された。著者は東日本大震災時の津波で大きな被害を受けた被災地に住んでおり、これまでも被災地、被災者の位置からいくつもの作品を紡いできた。新著には、そのなかから中・短編の5編が収められている。

   f:id:hokugenno:20150125133317j:plain

 震災からまもなく4年になろうとしている。復興の進み具合は目に見えて、だれもがその遅れを指摘しているところだが、被災者の心のありようはなかなか表に現れにくくて、気づかれにくい。それゆえにまた、理解もされない。
 現実はしかし、多くの被災者が、深い傷を癒やせぬまま、いまだに過去と現在の狭間で懊悩している。著者は、そうした被災者の複雑な思いを、被災地に住む著者ならではの視点で捉えている。その眼差しは冷めていて、同時に、慈しみにあふれている。読者はそこに亡くなった人々の生きた声を聞き、また、震災がいまなおつづいている厳しい現実を見るだろう。
 本書に収録されている5つの作品は次のとおり。
「渚でスローワルツを」
「流れ川」
「岬叙景」
瓦礫インコ」
「がれき電車」
 この機会に、ぜひお読みいただきたい。
 あわせて、著者からメッセージが寄せられているので、ここに紹介したい。

    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

 『渚でスローワルツを』について

 小説を書く際に作者は、作中にどんなにのめり込んでいる場合でも何処かで客観性を保っていなければならない訳で、そのためか震災直後はなかなか小説が書けなかった。
 自分が被災地に住まいし、震災の情景をつぶさに見つめているために、他のテーマに気持ちが揺さぶられるということはなく、かといって目の前で繰り広げられている情景の凄まじさを客観性を持った創作に仕上げる冷静さも持ち合わせてはいなかった。
 だが狭いわが家に被災した二家族が避難してきており、テレビも何もない別間に追いやられた暮らしの中では本を読みものを書くしか時間を費やす術を知らなかった。
 そこで出版社からの依頼もあり、とりあえず日記に手を加えたような『罹災の光景』というルポとも言えないようなものを出版した。これはおそらく震災についての最初の文芸的な読み物だっただろう。その後震災前にだいたい出来ていた『こつなぎ物語』を雑誌に二年間連載した。そんなことで四年間が過ぎたが、この間何か発信しなければならない、それが被災地に住む物書きとしての義務だろうという考えに絶えず苛まれていたような気がする。それが被災者への励ましなのか、忘れられないための現場からの世間への発信なのか、はたまた震災によって何か変わったと言われる新しい価値観の模索なのかはまったく分からない。それでともかくもこの間、少しずつ書き溜めたものを今回出版社の好意で上梓していただいた。一冊に集めてみて、おおむね大切な人を失った人たちへどういった言葉をかけてやるかといったようなことを手さぐりで書いていたのだと思えてきた。
 編集者が帯に「4年の日々があなたに語りかけるいのちの切なさ、美しさ」という惹句を書いてくれた。よく内容を現わしていると思う。
 今はひとりでも多くの人に読んでいただきたいと願っている。(著者)

【著者略歴】
野里征彦(のざと いくひこ)
1944年生まれ。岩手県陸前高田市出身、同大船渡市在住。
映画少年から水産会社勤務。政党専従などを経て作家活動に。民主主義文学会会員。「麺麭」同人。著書に、『カシオペアの風』、『いさり場の女』、『罹災の光景―三陸住民震災日誌』、『こつなぎ物語』(第1~第3巻)など。