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このところの高血圧、安倍政権の暴走が原因かと……

 春先からめまいがしてならない。立っていられないほどひどくはないごく軽いものだが、それでも日ごとに頻度を増すものだから不安になった。というのも、昨年6月、旅先の旅館で朝大めまいに襲われ、救急車で搬送される騒ぎを起こしているからだ。
 搬送先の病院でCTスキャンを撮ったところ、幸いにも異常は認められなかった。それで少しは安心したが、めまいは容易に治まらなかった。帰るに帰れず、といって入院するほどでもなく、仕方なく病院のベッドでしばらく休ませてもらい、状態がよくなるのを待ってその日の夜、ようやく帰宅した。
 泊まった宿は自宅から300キロも離れた山奥の一軒家、救急搬送に一時間を要した病院も240キロ離れていた。しかも、交通手段は自家用車。結果、同行していた友人にたいへんな迷惑をかけてしまった。それを思い出し、特別の用事でもないかぎり遠出を控えてきた。
 搬送先の医師からは「もしかするとストレスから来ているのかもしれないが、帰ったら念のためMRIを撮ってもらったほうがいい」と言われた。しかし、その後症状が現れないのをいいことに、検査を先送りしてきた。気がつけば、年が変わって3月になっていた。そして、まためまいに見舞われた。
 翌4月末、定期の診察で行ったクリニックの医師に相談すると、専門病院でのMRI検査を勧められた。それから一ヵ月待ちの予約をし、このほどようやく検査を受けることができた。
 結果は異常なしだった。脳血管が専門の、その世界では名の知られた医師は、「もしかするとストレスが原因かもしれないが、ほんとのところよくわからない」と言った。そして一年前のことについて、「場合によっては失神することもある」などと軽く脅かした。
 けれども、それで問題は片づかなかった。ついでにと言われて受けた血管の検査で、異常が認められた。もっとも、そのことはかかりつけのクリニックでも指摘されていてわかっていたことだが、専門医の物言いはかなり衝撃的だった。
 医師は、症状の深刻度と死のリスクを、撮った画像と具体例を示して解説した。物腰は柔らかいが言っている内容は冷酷で、聞いているほうはまるで遠くない死を宣告されたような気持ちにさせられた。しばらく呆然とするなか、医師はさらに追い打ちをかけるように、生活習慣の抜本的な見直しを厳命した。
 それから一週間後、渡された画像CDと医師の所見を書いた手紙を持ってクリニックを訪ねた。
「要するに深刻な状態ではないということです。これまでと同じように治療をつづけましょう」
 クリニックをひとりで切り盛りしている老医師はそれをひととおり見てから、えらく簡単に言った。そして、専門医が書いてよこした所見をかいつまんで説明すると、いくつかの生活上の注意点をあげた。
 よく聞けば、言っていることは専門病院の医師とたいして変わりなかった。が、なぜか救われたような気がした。理由はわからない。ともかく、それで一週間落ち込んでいた気分も嘘のように解消した。もちろん、だからといって油断はできない。

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 要は血圧を正常に戻すことがリスクを少なくするいちばんの近道だ。が、このところの値をみてみると、どうも生活習慣の改善だけでは済まないような気がしてくる。その大きな原因のひとつが、いまの政治状況にある。つまり、憲法を踏みにじって平然としている安倍首相とその政権の愚行、腹立たしいばかりの政治手法が、神経を苛立たせ血圧に狂いを生じさせているのだ。
 振り返ると、集団的自衛権行使容認の閣議決定や安保関連法案が出されたとき、あるいは、戦後70年を迎えるに当たって「村山談話」の見直しが表明されたときがそうだった。その後の、彼や彼の番頭(官房長官)、後見人(党副総裁)などが繰り出す傲慢で詐術的な発言の数々を耳にしたときもそうだった。血圧は抑制を失って急上昇した(先日の、安倍首相の「青年親衛隊」が開いた「勉強会」での「報道機関抑圧」発言や作家、百田尚樹氏の妄言を聞いたときなどは、怒りのあまり卒倒しそうになった)。
 集団的自衛権行使容認の閣議決定や安保関連法案が違憲なのは、もはや疑う余地はない。このことは、すでに、国会の論戦を通じて明らかになった。衆院憲法審査会での、自民党推薦を含む3人の憲法学者がそろって憲法違反だと明言したことも、それを裏づけている。ここまではっきりした以上、法案は撤回するか廃案にするしかない。
 だが、安倍政権は違う。国民世論を敵にまわしても、今国会で成立させるつもりだ。そのために、異例ともいえる国会会期の長期延長を強行した。
 彼らは相変わらず根拠を示さないまま法案を「合憲」だと言い張る。「武器の使用はするが武力の行使には当たらない」とか「武力の行使と一体でない後方支援は武力の行使にはあたらない」とか、わけのわからない支離滅裂な言葉を弄して強張りつづける。彼らに言わせれば、自衛隊の行くところ、たとえ頭上を砲弾が飛び交っていようとも戦闘地域ではない。鴉も鳩。黒も白。山を海だと言えば海になる。唯我独尊、おごりの極みだ。
 最近では、戦後70年談話を閣議決定しないで首相個人の見解にするという話も出ている。そもそも、50年の村山談話や60年の小泉談話にあった「国策を誤り」「植民地支配と侵略」といった文言を自分の「談話」には入れまいとくわだてていた安倍首相だ。海外からの懸念と批判的な国内世論の高まりのなかその自信を失い、ならばと、「国としての公式の意思表明」を避けようと考えたのに違いない。姑息というか、一国の首相としてなんとも無責任で情けない。そんなふうにしてまで出す「談話」にどんな意味があるというのか。ただ、世界の笑いものになるだけではないか。
 そんなこんな考えていると、また血圧が上昇してくる。このままだと、安倍政権によって本当に命を縮められるかもしれない。
 これを回避するためにも、(きわめて個人的な動機ではあるが)彼らの目論見をつぶさなければならないと思う。もちろん、日本が戦争する国になるかどうかの瀬戸際だから、個人の血圧がどうのなんて言っている場合ではない。
 とまれ、いまは立憲主義の上に立った国の平和と民主主義の擁護、血圧の安定のために、安倍政権と断乎闘わなければならない。つまるところそれが、自分の生き延びる道につながる。