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夢に見る震災はなにを語るのか

 変な夢を見た。
 郷里の石巻のどこかはわからない、しかし懐かしいと感じるらしい場所の、いまはがれきの原となったところにいた。その一角だったかに、少年時代の仲間たちが集っていた。なかに、いまも交流がある友人が二人いた。
 その一人が手招きをする。うれしくなって近づいていく。と、不意に何者かに阻まれる。それを払いのけ必死になって近づこうとするが、阻止しようとして広げられた手が壁のようになって立ちはだかる。その壁がひどく絶望的で、なすすべもなくただ立ち尽くす。そんな夢だった。
 これがなにを意味するのかわからない。が、なんとなく感じることはある。

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     震災まもない石巻の旧北上川河口付近(日和山から)

 先の大震災では地震の恐怖を体験した。津波は直接体験していない。体験はしていないが、直後から被災地をまわり、惨状を見、被災者のさまざまな声を聴いて歩いた。そのいくつかはルポに書いた。
 もちろん、書き切れなかったことがたくさんあった。それがいまも、抱えきれないほど残っている。これがあるとき、夢となって出てくる。
 仕事や私的な旅で沿岸の町をめぐることが少なからずある。そのおり、そこに宿を取ることも多い。ところが、震災後、海岸沿いに泊まるのが怖くなった。きっかけは、秋田県山形県の県境に近い、ある旅館に泊まったときの体験だった。
 宿のすぐ下は日本海で、背後には羽越本線が通っていた。その晩、海に沈む夕日と手作りの魚料理にいつになく酒がはかどり、酔いの勢いで早めに休んだ。

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      そのときに宿の部屋から眺めた日没後の日本海

 明け方のことだった。眠っていて、それまでまったく気にならなかった波の音が妙に大きく聞こえた。そこにどういう企みか、低く重たい唸るような音が重なる。海鳴りか地鳴りのような不気味な音。直後、黒く泡立つ巨大な塊が迫ってくる。その恐ろしさに、声にならない声で「わー!」と叫ぶ。一方で、夢心地に、津波ではないとも思っている。が、切迫した恐怖はそれをも押しつぶす。
 その恐怖に弾かれて跳び起きる。そして、覚醒した目で薄暗い部屋を見まわし、やや経ってようやく、音の源が羽越本線を走る一番列車だと気づく。そういう体験だった。
 以来、特別な場合をのぞいて海辺の宿を取らなくなった。仕方なく取るときは不眠を覚悟した。
 直接津波を(原発事故を)体験していなくても、体験した人たちの話を聴きためていくうち、あたかも実体験したような感覚にとらわれることがある。それが何度も再現されていくと、やがて心に深い痛みとなって遺っていく。それは、命を脅かすような強い肉体的、精神的衝撃を受けることによって生ずるトラウマに似ている。あるいは、精神科医が大勢の患者の訴えを聴くうち、しだいに自身も心を病んでいくのに似ている。
 現実に、自分の身に起きていることはそこまでひどくはない。しかも、特別の条件が重なったときにかぎられている。それでも、そのときどきに、震災によって引き起こされる出来事の恐ろしさをしたたか味わわされることになる。
 近ごろではそれを、震災のことが記憶から遠のいていくことへの被災者、犠牲者からの戒めなのだろう、と思うようになった。そう考えると、なんとなく落ち着く。それでも恐怖はなくならないが、その恐怖もまた創造への新たな力になるはず、と都合よく受けとめることにした。すると、少しは前向きでいられる。