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益子・円道寺窯の成り立ちと歩みを探って

 栃木県益子町の伝説的な窯の一つである円道寺窯について、その成り立ちと歩みについて調べてほしいという依頼があった。9月のはじめから、そのための作業を進めている。
 円道寺窯は、成井立歩、成井恒雄兄弟の祖父が同町城内の円道寺という地に窯を開いたのが始まりと伝えられている。しかし、当時のこともその後のことも記録として残されたものはなく、そのうちに、立歩さんや恒雄さんなど陶芸の道をついだ孫たちが次々と鬼籍に入ってしまい、詳しいことがわからないままになっていた。今回、恒雄さんの存命中の録音テープが入手でき、その一端が少しずつわかってきた。

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       成井恒雄さんの窯のある家(2012年4月撮影)

 録音テープは2002年12月から2005年7月まで、益子町内に住む陶芸家、川辺幸代さんによって聴き取りされたものである。50数時間にも及ぶ長い録音で、いずれ何らかの形で残したいという意図のもとに取材されたのだろうと思われる。
 成井恒雄さんはそのなかで、焼き物にたいする自身の考え方、向かい方とともに、円道寺窯の歴史についても語っている。もっとも、恒雄さんの記憶にあるのは円道寺窯の隆盛期を築いた父の時代のころのことで、しかも、幼いころのことは断片的ではっきりしない部分が多い。

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       長く使われて手になじんだ茶碗(成井恒雄作)

 それでも、円道寺窯が益子の窯のなかでどんな位置にあったのか、おおよそつかめてきた。開窯当初から仲買人を通した取引をせず、独立窯をめざしたこと。そのことが、円道寺窯の自由闊達な気風をつくり上げてきたこと。柳宗悦らと民芸運動を進めた濱田庄司の影響を強く受けてきたこと。昭和の初期に起こった陶工の争議で、円道寺窯の職人たちが指導的な役割を果たしたこと。等々、浮き彫りになってきた。
 録音にある成井恒雄さんの焼き物にたいする考え方、向き合い方も、ひじょうに興味深い。そこには、彼の生き方、哲学が貫かれている。聴いていて、いろいろと教えられるところが多い。

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       上の二つは我が家にある恒雄さんがつくった器

 益子には、昔の円道寺窯のことについて知っている人がまだ何人かいると聞く。しばらくは益子通いをして、そうした人たちから話を聴かせてもらうことになる。そのうえで、どういう形でかまとめたいと思っている。