お詫び

ことしになってからブログの更新ができていません。もうしばらくお待ちください。お詫びにというわけではありませんが、先日、秋田県の仁賀保方面に行ったときに撮った鳥海山の写真を二枚、載せておきます。

このところ忙しくて

大半はさもない用事なのだが、毎日がなんとなく忙しく過ぎていく。下手をすると3日もメールチェックをしないこともあって、気がついたら山のようにメールが届いているといった具合。といっても、これまたさもない、ネットショッピングをしてうっかり購読し…

夢に見る震災はなにを語るのか

変な夢を見た。 郷里の石巻のどこかはわからない、しかし懐かしいと感じるらしい場所の、いまはがれきの原となったところにいた。その一角だったかに、少年時代の仲間たちが集っていた。なかに、いまも交流がある友人が二人いた。 その一人が手招きをする。…

にかほ市金浦の「掛魚まつり」を見にいく

秋田県にかほ市金浦に、元禄時代から300年以上もつづく「掛魚(かけよ)まつり」という伝統行事がある。掛魚(かけよ)とは、案内によれば、「漁から帰った漁師が氏神様や恵比寿様にお供えする魚のこと」だそうで、金浦では金浦漁港で水揚げされた大鱈が使…

『暗いブティック通り』や『ストーナー』のことなど

昨年の12月はじめから身辺にかかわることで多忙をきわめ、一年を振り返る余裕もなく、あっという間に年を越してしまった。それが、年が明けてもなおつづき、松の内を過ぎてようやく人心地ついた。気がつけば、本ブログを一ヵ月も投げ出していた。 おかげで…

再び、にかほ市金浦へ

このところ、頻繁に出かけまくっている。といって、忙しく出歩かなければならない用事があるわけではない。むしろその逆で、用事なんてあってないも同然。にもかかわらず、出て歩く。 やっと気持ちのいい季節になり、家のなかにじっとこもっているのがつらく…

旅の途中、秋田県増田町の内蔵を観る

9月半ば、所用で秋田県にかほ市に行ったおり、同県増田町(現横手市増田町)に立ち寄った。増田町はわたしの祖父母(正確には血縁のない祖父母だが)の出身地で、蔵のある町として知られる。町の中心部の七日町には、いまも多くの蔵が残っている。 とはいえ…

秋の気配に、肘折温泉を訪ねる

計画していた地元の文学サークルの合宿がとりやめになった。会合はともかく、久しぶりの飲み会になると楽しみにしていたのだったが、肩すかしを食らった。ビールを差し出されて、受けるつもりが不意に引っ込められたみたいな、なんとも間が抜けた気持ちだっ…

「漂流怪人」きだみのる のこと

『図書』『波』『本』『本の窓』『青春と読書』『ちくま』。すべて出版社のPR誌(書評誌)だ。毎月、発行と同時に本屋から届けられる。内容は出版社によって様々だが、連載も含めてそれぞれ短く、肩のこらない読み物が多い。 だからといって、けっして軽い…

5月、長野で

5月のある週末の三日間、長野県に行った。栃木県益子にいる娘たちから、仕事で松本市のギャラリーを訪ねるので合流しないかと誘われ、魂胆は見え見えだったけれど、かねてから行きたかったところだったのでそれに乗った。 昔、短い期間だったが旅行会社に勤…

成井恒雄さんの器のことなど

5月のはじめ、何年かぶりに益子の陶器市に行った。益子には陶器市に関係なく年に何度か訪れているが、まだ仕事を持っている妻を伴って行くとなると、どうしてもまとまった休みのときになってしまう。今回は知人も同行したいというので、この連休になった。 …

のっつぉこいで清水寺

少し前になる。花巻市郊外の一軒宿の温泉に泊まった翌朝、例の「のっつぉこぎ」の性がでて、できるだけ幹線道路を通らないで仙台の自宅に帰ることになった。田舎道を選んで、ともかく南南東方向に進もう。方角さえ誤らなければ、いずれ目的地に着くはず。そ…

津軽鉄道に乗り、沿線を歩いた

講演で青森市に行ったおり、終えてそのまま帰ってくるのが惜しくて、ちょっと寄り道をしてきた。講演は拙著『原発ドリーム』をベースにした内容で、とくに僻地と呼ばれる村の、原発マネーなどに頼らない自立した再生の道、その可能性について話をさせてもら…

「のっつぉこぎ」考

わたしの生まれた土地に「のっつぉこぎ」という方言がある。「のっつぉ」とは仕事もしないでぶらぶらする、遊び歩く、といったような意味で、「こぎ」とはたぶん「漕ぐ」から来ているのだろう。聞けば、いま住んでいる仙台にも同様の言い方があるらしい。た…